暗殺チームのメンバーたちにとって“仕事”とは“殺人”である。
その手で他人を殺めることで自分たちが生きていくのだ。
そんな“非日常”が“日常”の世界に、彼らは住んでいる。
ベッドの上に放ってあった携帯電話がいつもと変わらない電子音を鳴り響かせた。
メローネのいるソファからそこまでは少し距離があったが、腰を上げてのたのたと移動する。
ぼすんっとベッドに俯せで倒れ込み、携帯電話の受話ボタンを押して耳に当てた。
「プロント?」
『オレだ』
「どちら様ァ?」
『……悪ふざけはいらない』
少しだけ低くなった相手の声にメローネは小さく肩をすくめる。
「はいはいごめんね、リゾット。どうかしたの?」
『今任務を終えた。これから戻る』
メローネは上体を起こし、肩越しに振り返って壁にかかっている時計を見やる。
針は午後2時を指していた。
『……どうした?』
なかなか返事をしてこないメローネを不審に思ったのか、リゾットの不思議そうな声が聞こえた。
「あんたの今日の任務はアジトからそう離れてないところだったよな?」
『ああ、港のほうだが……それがどうかしたか?』
「今からあんたのいるとこに行く。だから夕食を一緒に外で食べよう。それまではデートだ」
突然の発案にリゾットは少し驚いている様子だったが、二つ返事で了承した。
「リゾットー!」
パタパタと腕を振りながらメローネが駆けてくる。
リゾットは背を建物の壁に預けていたが、相手の姿を見付けて一歩前へ出ると体ごとそちらに向いた。
「早かったな」
「ギアッチョがこっちのほうに行くって言ってさ、車に乗せてもらったんだ。あ、はいこれ着替え」
「別に汚れてなどいないが……」
「汚れてるとか汚れてないとかそんなんじゃあないんだよ。オンとオフはキチンと切り替えないとな。そこのリストランテのトイレ借りて着替えてこいよ」
リゾットはメローネから渡された袋を手にそそくさと着替えに向かった。
メローネは自分がお気に入りの黒いトレンチコートを纏ったリゾットを見付けると飛んで彼の元へやってきた。
最初リゾットは気付かなかったが、メローネが着ているのは先日購入していた新品のポンチョだ。
どうやら相当楽しみにしてここへやってきたようである。
リゾットは肩をすくめそうになりながら自分の腕に抱きついてくるメローネを見返していた。
リゾットはメローネにあれこれ欲しいものを買ってくれと強請られることを多少覚悟していたが、どうやら今のメローネにその気はないらしい。
ただ並んで歩き、ウィンドウショッピングをすること自体が楽しいようだ。
「あれ?」
賑やかな通りを抜けると、川沿いに出た。
反対側にかかる橋の手前が少し広場のようになっており、そこに人だかりが出来ているのをメローネは敏感に察知する。
「あっち行ってみようよ」
「ん? あぁ」
正直リゾットは人込みがあまり得意ではない。
チラリと視界の端に捉えたベンチに座っていたい気もしたが、そんなことでメローネの機嫌を損ねてあとで大変な目に遭うのも嫌だった。
メローネにぐいぐいと腕を引かれるままにリゾットの足はそちらに向かう。
人だかりに囲まれていたのは顔の白いクラウンだった。
体格のよいクラウンはひょいひょいと棒を投げてジャグリングをして見せたり、パントマイムをしたりしていた。
最前列でクラウンの一挙一動にキャッキャと喜び喝采と拍手を送る子供の隣り、座り込んで一緒になって顔を輝かせているメローネがいる。
リゾットはその後ろにまるで保護者のように立ち、クラウンを見つめていた。
パフォーマンスを一通り終えるとクラウンはペコリペコリと頭を下げ、被っていた帽子を脱いでひっくり返してキョロキョロとしはじめる。
子供たちは親に強請ってもらったお金をその中に次々と入れていき、メローネも立ち上がるとポケットから取り出した財布の中から紙幣を数枚入れていた。
「面白かったね」
リゾットの隣りに戻ったメローネは嬉々として言う。
口の中にまで上がってきた「そうか?」という言葉は飲み込んで、リゾットは「そうだな」と答えた。
だがメローネには見抜かれてしまっていたようだ。
「つまんなかった?」
「なぜ?」
「なんとなく」
何と答えようかとリゾットが思考を巡らせていると、メローネのほうがまた口を開いた。
「……たまには腹から笑わねーと。オレたちだって、笑うことくらい許されてるだろ?」
「メローネ……」
「笑って楽しもうぜ」
キュッと破顔をこちらに向けたメローネを見返し、リゾットは少しだけ目を細めた。
「あぁ……そうだな」
それに満足だったのか、メローネはまたリゾットの腕にしっかりとしがみつき二人は歩きだす。
「晩飯、どこで食う?」
「ショーがあってるリストランテでも探すか」
「やったね、今夜はご馳走だ」
楽しそうな会話をしながら、二人の暗殺者は夜の雑踏の中へと消えて行った。
- end -
蝶の寝床管理人の庵様より御寄稿。