忘れる日のために


メローネと二人、アジトの近場にある商店街へ出かけた時の出来事だ。
俺達二人はじゃんけんに負け、見事買い出し係へと任命されてしまい任務遂行の為に重たい荷物を互いに両脇に抱えながらそこそこ賑わう午後の市場を歩いていた。
数歩先を歩いていたメローネの足が突如止まる。
何事かと様子を伺うと、彼は花屋の方へ視線をじっと送っていた。
「何をしてる」
少し棘を込めて俺が云うと、彼は視線を一点に定めたままで店に入り店主に何やら注文しだした。
店先で眉根を寄せながら待つ俺の元へと戻って来た時、メローネの手元には一輪の百合の花が増えていた。
白く咲き誇るその花は決して大振りなものでは無いが、凛としていて好感が持てる。
持ち手にあたる部分には真っ赤なリボンが装飾されており、花の美しさをさらに引き立てている様に感じられた。
メローネはその白く咲く花を俺に向けて掲げ、目を細めて微笑った。
「やっぱりアンタに良く似合う。」
そう云って俺の小脇へと赤いリボンの揺れる一輪の白百合を滑り込ませた。
「……おい」
「アンタにやるよ。何、ちゃんと自腹だ、経費は使っていない」
「当然だ、馬鹿」
「さぁ行こう、早くしないと手が痺れちまう」
そう云ってメローネは一方的に歩を進めてしまう。
云いたい事は沢山あったが、俺も黙ってそれに従い後ろを歩く。
互いに無言でアジトへと帰る間も、メローネは何処となく楽しそうに見えた。


その後迎えられたアジトで小脇に抱えられた白いそれに当然の如く疑問や冷やかしを投げかけられたが、俺は黙ってその花を傍に持ち続けた。
メローネは時々横目で俺を見ては、唇に弧を描きながら目を細め微笑っていた。







数日後、俺は件の花屋の前に居た。
店先に並ぶ色とりどりに咲く鮮やかな花々を吟味しながら、ある花の前で俺の視線は固定される。
これがいい、そう思った。
赤と白とを数本ずつ混ぜ、周りは霞草で包む様に覆って貰う。そして薄く淡い空色をした化粧紙と白く細いリボンでラッピングしてもらった。
店主に軽く礼を云い、様々な花が犇めき合う店を後にした。


片手に先程誂えてもらった花束を握り、俺は目的地へと真直ぐ向かう。
メローネを事前に呼び出しておいた河のほとりの広場へと気持ち足早になりながら俺は歩く。
辿り着いた広場には、光る水面を眺めながら待つメローネが確りと居た。
俺は逸る気持ちを押しやるように、そっと、背後から彼の目前へと彼の為に見立てた花束を差し出す。
「お前にやるよ」
呆然と眺めるメローネの胸に、微笑みかけながら再度押し付けた。
赤と白の、カーネーション。白く淡く包み込む小さな霞の花。
「なんつーか、この間のお礼だ、お礼。貰いっぱなしは性に会わねえ」
メローネは未だ静止している。もしや嫌いな花でも選んでしまったかと、少し後悔を感じた。
様子を伺っていると、メローネは静かにだが、言葉を取り戻し始めた。
「これは…プロシュートが選んでくれたのか?」
恐々と、そっと、メローネは差し出された花に触れる。
「そうだ。お前の事を考えながら選んだ。」
「…………そう、か…。」
メローネは双眸を三日月型に細め、愛おしそうに花束を幾度か撫でた後、ぎゅ、とその胸に優しく抱き込んだ。
「……有り難う、プロシュート。嬉しいよ」
そう云いながら目蓋を下ろすメローネの頭を、俺は優しく撫でてやる。
彼の耳朶へと唇をよせて、言葉を紡ぐ。
花束と共に、伝えたかった言葉。
伝えたいと思った、感情。
「愛してる、メローネ」
掌は金色に流れる髪を包み込んだままで、俺は小さく、甘く、ありのままの思いを彼の鼓膜のさらに奥底に届く様に願いを込めてそっと囁く。





メローネはもう一度、グラッツェ、と一言だけ呟いた。

- end -

劣情管理人の京乃助様より御寄稿。