夜は泣くな


 井戸も無い夜の砂漠を1人でずっと歩く夢を見た。
 体が干上がっているのにどうすることもできず、砂だけの世界をひとりで歩く。後ろに残した足跡すら砂にかき消された。
 声を上げたが、誰もいなかった。黄金色をした砂と闇が視界の全てを覆っている。
 疲労感と渇き、そして孤独が体を蝕む。
 だが、どうすることもできず夜空を仰ぐしかできなかった。
 すっかり身体中の水分は無くなって、涙1粒も頬を伝えない。
 ・・・そこで夢は終わった。喉はカラカラのままで、痛いくらいに乾いていた。


 メローネが目を開けると、まずアジトの床が目に入った。確か自分は任務から帰ってソファに座っていた筈だ。少し寝ようと背もたれに寄りかかった所まで記憶があるが、その先は全く無い。思ったよりも深い眠りに落ちていたようだった。
 おそらく自然とソファの上で横になってしまったのだろう。無意識の行動とはいえ、上手くできている。しかし、頭の方に違和感を覚えて少し体を動かした。ソファのクッションにしては硬いし、妙な弾力を感じる。不審に思って、まず頭の下にある物を触った。すると声が上から降って来た。
 「足を撫で回すな」
 「わ、リーダーだったのか」
 メローネが急いで視線を上に動かすと、そこにはやや不機嫌そうな顔をしたリゾットがいた。つまり、メローネはリゾットの膝を枕にして眠っていたのだ。
 「なんでリーダーが俺に膝枕?」
 ごくまともな質問をすると、リゾットはコーヒーカップを持ったまま眉を寄せる。
 「したくてしてるんじゃあない。さっきここでコーヒーを飲もうとソファに座ったら、お前がいきなり膝上に倒れこんできたんだ」
 どけ、とリゾットは睨みを利かせるが、メローネはどこ吹く風だ。
 「そうだったのか。じゃあ、もう少しこのままでいさせてくれ。リーダーの膝枕は滅多に味わえないから堪能させてもらう」
 「気持ち悪い事を言うな。そんなにいいものじゃないぞ」
 「いや、あったかくて何だかいい感じだ」
 ますますリゾットは眉を寄せた。だがメローネは気にせず、目につけていたマスクを取ると、そのまま満足そうに目を閉じた。
 「俺、こういうのって誰にもされたことないから新鮮なんだよ」
 「お前、けっこう女遊び激しいだろう。嘘をつくな」
 「別に女と遊んでるからって膝枕してもらうわけじゃない。それともリーダーは女と会う時、いつも膝枕してもらうのか?」
 興味津津の声で尋ねられて、リゾットは力一杯に相手の鼻を抓みあげる。
 「痛ぇ!」
 「人をからかうな」
 メローネがごめん、と慌てて言うのでやっとリゾットは手を離した。飛び上って起きたメローネは、赤くなった鼻を必死に撫でている。
 「冗談だ、そんなに怒るなよ」
 「当たり前だ。本気で言っていたらそれくらいでは済まないぞ」
 その言葉に、メローネはリゾットの顔を見上げる。ようやく視線が合った。
 「でも」
 メローネが言葉を続ける。
 「膝枕をしたこともされたことも無いって言うのは本当だぜ。なんか気持ち悪いって思ってたから」
 「じゃあ、さっきのはなんだ」
 「リーダーに膝枕されるのは好きだ。気持ちがいいし、安心する・・・もしかして砂漠で見つける井戸ってそういう存在なのかも」
 そう言葉を付け足してメローネは微笑んだ。リゾットが不思議そうな表情になる。
 「砂漠の井戸?なんだそれは」
 「さっき寝てる間、夢を見てたんだ。砂漠で、喉がカラカラなのにオアシスどころか井戸も無い所を1人で歩く夢。体中が干上がって、疲れてくたくたなのに、どこにも辿りつけない」
 言いながらメローネがいつも顔を覆っている前髪をかき上げた。滅多に見えない右目がリゾットの視界に映る。
 「でも歩いてる途中で目が覚めて、起きたらリーダーがいた・・・本当に」
 助かった、と最後に言いながら息を吐き出す。本当に心から出た安堵の息のようだった。
 「そんなに嫌な夢だったのか?」
 尋ねればメローネの口元が僅かに弧を描いた。
 「素敵な夢じゃない事は確かだ。終わりの無い砂漠なんて今の俺達の状況にピッタリすぎるだろ」
 「そうだな」
 「本当に夢で良かった。実際あんな所に1人でいたら気が狂う」
 言いながら段々声が小さくなって、再びメローネはリゾットの膝に甘える。今度はリゾットも嫌がらなかった。淡い金髪に指を通して、梳いてやる。色彩の薄い髪は砂漠の砂を連想させた。
 そっと前髪を触ると、髪の隙間から瞳が覗く。いつも見えないその右目は、まるで砂漠で見つかる鉱石のように光っていた。しかし石とは違い、表面に涙を湛えている。
 そうして、リゾットは黙ったまま部屋の灯りに照らされる彼の顔を見ていたが、彼の唇がカサカサにひび割れている事に気がついた。その時、メローネが口を開く。唇から溢れる声が震えていた。
 「でも、夢から醒めたって・・・いつもカラカラなんだ」
 「そうか」
 今だけでもその渇きを忘れればいいと思い、リゾットはメローネの唇に舌を這わせた。
は夜の雑踏の中へと消えて行った。

- end -

Philosophizes Boy管理人の桃瀬様より御寄稿。